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スコッチ業界に起きた新しい動き2007

再び上昇気運に転じる

毎年恒例となったこのレポートも、今回で4回目を迎えた。このところ毎年のようにマイクロ・ディスティラリー(大手資本に属さない独立系の小規模蒸留所)の話題をお伝えしてきたが、2007年は久しぶりに大手企業の投資が相次ぎ、スコッチ業界の景気の良さを内外にアピールした一年となった。
 業界第1位のディアジオ社が約1億ポンド(240億円)の巨額の投資を行い、スペイサイドのローズアイルに新しいモルトウイスキー蒸留所を建設すると発表したのは、2007年2月のことである。ローズアイルには同社の巨大な製麦工場があるが、新しい蒸留所はその敷地内に建設予定で、すでに環境アセスメントの最終合意も得られ、早ければ2008年中にも蒸留を開始する見込みという。
 この蒸留所はポットスチル14基を擁する巨大な蒸留所で、完成すれば同社が所有する蒸留所の中で現在最大を誇るダフタウンを抜いて、一躍トップに躍りでる。年間の生産量は約1000万リットル(100%アルコール換算。ダフタウンは410万リットル)で、これは現在スコッチ最大を誇るグレンフィディックと肩を並べる規模である。この手の巨額の投資を行うのはディアジオ社の前身であるDCL社以来、実に30年ぶりのことで、21世紀になって最初に建設されるスペイサイドの蒸留所というのが、同社の宣伝文句である。
 今回の投資はモルトウイスキーの蒸留所の建設だけでなく、グレーンウイスキーの増産のための投資も含まれている。ディアジオ社は現在ローランド地方にキャメロンブリッジ・グレーンウイスキー蒸留所を所有しているが、このキャメロンブリッジの設備を拡張し、60%アップの年間約1億リットルの生産を目指すのだという。
 “BRICKS”と呼ばれる新興国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカなど)でのウイスキー需要が急増し、原酒不足が起きているのがその主たる原因だが、巨額な投資を行う理由はそればかりではない。シングルモルトが全世界的にも好調で、スコッチ全体の輸出がここへきて大きく上昇気運に転じているのだ。スコッチウイスキー協会(SWA)が発表した統計を見ると、2006年の輸出量は約2億9400万リットルに達し、これは過去最高の記録となっている。スコッチ業界は長い低迷期を脱して、再び活況を取りもどし始めている。巨額な投資は、そのことに対する内的な心理状況の表れかもしれない。

ポットスチルはフル稼働

 業界第1位のディアジオばかりでなく、中堅のウイリアム・グラント&サンズ社や、エドリントン・グループが相次いで生産増強に向けた投資を行うと発表したのも、2007年2月から3月にかけてであった。
 ウイリアム・グラント&サンズ社はスペイサイドにグレンフィディック、バルヴェニー、キニンヴィの3つのモルトウイスキー蒸留所と、ローランドのガーヴァン・グレーンウイスキー蒸留所を所有する会社で、グレンフィディックはシングルモルトとしては今でも世界一、さらにブレンデッドのグランツも売上げ世界第5位を誇る超優良企業である。そのグラント社が第4番目となるモルトウイスキー蒸留所を新設すると発表したのが3月のこと。候補地として選ばれたのがガーヴァンで、ガーヴァン・グレーンウイスキー蒸留所の敷地内に建設予定となっている。
 実はガーヴァン蒸留所内にはレディバーンというモルトウイスキー蒸留所がかつて存在したが、1975年に取り壊されている。今回の新蒸留所はそれとはまったく異なるもので、レディバーンという名称を復活させるつもりもないという。同時にガーヴァンのグレーンウイスキーの増産も図るというから、売上げはまだまだ伸びると予想しているのだろう。2007年9月に同社を訪れた際に、「ポットスチルはすでに導入済み。2007年暮れか08年早々には蒸留に取りかかる」と聞かされた。こちらの方が、ディアジオ社の新蒸留所より早いスタートになるのかもしれない。
 エドリントン・グループはマッカランとグレンロセス、タムドゥー、ハイランドパーク、グランタレットの5つの蒸留所を所有する会社で、ウイリアム・グラント&サンズ社同様、スコットランド資本の独立系の会社である。そのエドリントン社がマッカラン蒸留所の増産計画を発表したのが、同じく3月のこと。こちらは新蒸留所の建設ではなく、6棟の巨大な熟成庫を新築するというもの。蒸留所のレセプションホールにはその模型が展示されていて、秋以降工事に着手するという話であった。
 実は2007年9月下旬に、グレンフィディックもマッカランも取材に訪れたが、どちらも増産に向けてすでに動き出していることが、よく分かった。グレンフィディックもマッカランも他の蒸留所と違って第1蒸留棟と第2蒸留棟の、2つの蒸留設備を持っている。私がスコットランドの蒸留所の取材を始めた1980年代後半から約20年近く、この2つの蒸留設備が同時に使われることはほとんどなかった。マッカランにいたっては一度も使用されているのを見たことがない。
 それがグレンフィディックでは第1蒸留棟、第2蒸留棟のポットスチル合計29基がフル稼働中で、マッカランもポットスチル6基を擁する第2蒸留棟で、再稼働に向けてメンテナンスが始まっていた。第1蒸留棟のポットスチルは15基なので、近いうちに21基のポットスチルがフル稼働するという日が来るのだろう。ウエアハウスの新築は、そのための準備であった。

インド企業のなぐりこみ

 スコットランドで各社が増産に向けて動きだした矢先の5月に、業界を震撼させるニュースが飛びこんできた。スコッチの名門、ホワイト&マッカイ社が、インドのUBグループに約6億ポンド(1600億円)で買収されたというニュースである。
 UBグループ(ユナイテッド・ブリュワリーズ)はアメリカの『フォーブス』誌が、世界の資産家トップ664位にランクした(2007年)インドの実業家、ヴィジェイ・マウリャ氏が所有する会社で、インド国内で50%近いシェアを誇る「キングフィッシャー」ビールで知られる会社である。UBグループ傘下にユナイテッド・スピリッツ社という会社があり、ここが今回ホワイト&マッカイ社を1600億円で買収した。
 近年の急速な経済成長を反映して、インドではウイスキーの消費が急上昇している。アメリカを抜いて、ウイスキー消費量世界一となったのが2003年のことで、その勢いは未だ衰えてはいない。実はUBグループ傘下のユナイテッド・スピリッツ社が造るインド産ウイスキーが「マクドーウェル」と「バグパイパー」で、この2つの年間の売上げは数千万ケースにも昇るという。それに対してインド国内でスコッチウイスキーの占める割合は僅か0.7%である。
 理由は明白で、それはスコッチウイスキーなど輸入スピリッツに対する関税率(輸入追加税)が、550%と法外に高く設定されているからだ。イギリス政府は長年にわたってこの問題をWTOに提訴してきたが、UBグループがホワイト&マッカイを買収した直後の7月に、一転してこの輸入追加税を下げると発表。これでスコッチの輸入が大幅に増大すると関係者は見ているが、来るべき“スコッチ輸入時代”に先手を打ったのが、UBグループのホワイト&マッカイ買収劇と言えなくもない。UBグループの総帥であるヴィジェイ・マウリャ氏はインドの国会議員でもあり、氏の意向が強く働いたのだろうか。
 ホワイト&マッカイ社はダルモアとフェッターケアン、アイル・オブ・ジュラ、タムナヴーリンという4つのモルトウイスキー蒸留所と、インバーゴードン・グレーンウイスキー蒸留所を所有している。ヴィジェイ氏はインバーゴードンの増産計画も併せて発表したが、すでに07年11月からタムナヴーリンを除く上記3蒸留所のシングルモルトをインドに輸入し、販売をスタートさせている。同時に、自社のインド産ウイスキー「マクドーウェル」や「バグパイパー」をイギリスやヨーロッパで販売したい意向のようだが、これはまだ実現されていない。EUの規定で、ウイスキーには穀物原料しか認められていないからだ。実は「マクドーウェル」や「バグパイパー」には穀物以外の廃糖蜜、モラセスなども原料として使われていて、これがEUの規定に引っかかっているのだ。

スコッチの新呼称法

 インド産ウイスキーに関しては別の問題もからんでいた。それはスコッチと紛らわしいブランド名に対するクレームである。ここ数年SWAは、スコッチを連想させるようなブランド名の使用禁止を求めて、各国の法的機関に提訴を行っていた。例えばカナダのノバスコシア州に所在するグレンオラ蒸留所(Glenora)のシングルモルト、「グレンブレトン」や、このインド産ウイスキー「マクドーウェル」や「バグパイパー」などである。どれも消費者がスコッチウイスキーと勘違いするというのが、その理由である。
 と同時にSWAは英国政府機関とも協議を重ね、スコッチの呼称に関して、より厳格な規定を法案化することに成功している。英政府の食糧・環境省がスコッチウイスキーの新しい法律として、呼称法を含む法整備を行うと発表したのが2007年10月のこと。議会決定を経て08年4月からの施行を目指している。
 これによると従来のヴァッテッドやピュアモルトという表記を止め、新しくスコッチウイスキーを5つに分類するとしている。@シングルモルト、Aシングルグレーン、Bブレンデッドモルト、Cブレンデッドグレーン、Dブレンデッドウイスキーの5つで、モルトウイスキーもグレーンウイスキーも、複数の原酒を混和する場合はすべて“ブレンデッド”という表記を使うよう定められている。これはほぼSWAの提案にそったもので、今までは協会に加盟していない一部のメーカーやブレンダーなどから、「いたずらに混乱を招くだけ」と強い反発が出ていたが、2008年4月以降はそれも通用しなくなる。
 生産地域についても規定されていて、@ハイランド、Aローランド、Bスペイサイド、Cキャンベルタウン、Dアイラの5地域に分類するという。すでに定着した感がある「アイランズ(諸島)」については、今回言及されていない。オークニー諸島やスカイ島、マル島、ジュラ島については従来通り@のハイランドに分類することも可能だが、アラン島はどうなるのかという疑問は拭いきれない(クライド湾に浮かぶアラン島は行政的にはローランドである)。
 さらにスコッチウイスキーと名乗れるのは、スコットランドでボトリングされたものだけに限られ、従来のようにバルクで輸出されその地でボトリングされたものはスコッチとは呼べなくなる。またスコッチを連想させるようなグレン○○○とか、バグパイパーなどというブランド名も制限されるという。
 スコッチはイギリスの5大輸出品目のひとつであり、その輸出総額は25億ポンド(2006年、約6500億円)を超えている。石油と天然ガスを除いた全輸出品目の中で、この数字は13%に相当する額だという。イギリス経済にとって重要な品目であるスコッチウイスキーの権利を保護し、類似品の流通を抑えることが今回の法案の目的でもある。大手企業の相次ぐ投資も、産業全体をバックアップするそうした政府の働きと無縁ではないのだろう。

あのタムナヴーリンも復活

 さて、最後になったが、マイクロ・ディスティラリーの動向についても見ておこう。アイラ島のキルホーマンとローランドのダフトミル蒸留所がすでに生産を開始していることは、昨年のレポートでも報告したが、ここ何年もシングルモルト・ファンの熱い注目を集めていたシェットランドのブラックウッド蒸留所と、ローランドのレディバンク蒸留所については、操業を開始したというニュースは聞こえてこない。
 ブラックウッド蒸留所に関しては環境アセスメントの問題で建設予定地が決まらず、計画そのものが暗礁に乗り上げている。レディバンクに関しては2007年中の操業を目指していたが、もともと会員制の蒸留所であるため、メンバーオンリーの公表となっているのかもしれない。いずれにしろ、本年中にははっきりするだろう。
 この2つとは別に、続々と新規蒸留所のニュースが聞こえてくる。アウターヘブリディーズ諸島のバラ島に蒸留所を建設するという話は2〜3年前からあったが、今度はその北のルイス島に新しく蒸留所が建設されるという。さらにスペイサイドのハントリーに拠点を置くボトラーズ(独立瓶詰業者)のダンカン・テイラー社が、同地にポットスチルと連続式蒸留機を備えた複合型蒸留所を建設すると発表している。
 マイクロ・ディスティラリーというと、最小単位であるポットスチル2基だけの小さな蒸留所が多かったが、もしこれが実現されれば、モルトもグレーンも生産できる、スコットランドで唯一の独立系蒸留所になるかもしれない。アイルランドには1987年に創業したクーリーという蒸留所があり、そこではポットスチル2基と連続式蒸留機1セットがあり、モルトとグレーンを同時に造っている。ダンカン・テイラーのものは、クーリーに似たタイプと言うことができるだろう。
 さらにアイラ島のブルイックラディ蒸留所では、アイラ島で9番目となるポートシャーロット蒸留所の建設計画をスタートさせている。もともとポートシャーロット村にはロッホ・インダールという蒸留所があり、その建物の一部が残っていた。ポートシャーロットというブランドそのものは、2001年からブルイックラディ蒸留所で仕込んでいる。2006年には「PC5」という名称で、ポートシャーロットの5年物が販売された。
 今回の建設計画は、ロッホ・インダールの建物の一部を利用して再建しようというもので、マッシュタンや発酵槽、ポットスチルなどは2004年に閉鎖になったインヴァーリーブン蒸留所のものを使うという。同蒸留所はバランタインのダンバートン工場内に建てられていたもので、ローモンドスチルがあったことでも有名である。今回はそのローモンドスチルも復活させるというから、世界中のモルトファンの熱い視線を集めている。07年中に着工し、08年の竣工を目指すという。
 2007年に復活、再操業となった蒸留所としてはスペイサイドのグレンバーギとタムナヴーリンがある。グレンバーギは元アライドが所有していた蒸留所で、ペルノ・リカール社の所有になってから、建て替え工事が行われていた。全面新築となった新生グレンバーギが、再操業を開始したのが07年である。
 タムナヴーリン蒸留所はリベット谷の上部に位置する蒸留所で、現在の所有者はホワイト&マッカイ社。そのホワイト&マッカイを買収したのが前述のUBグループで、同社が買収した直後の2007年7月に生産が再開された。1995年以来、12年間にわたってモスボール状態(生産休止)が続いていたが、ついに再びボイラーに火が入れられたことになる。地元民にとって休眠中の蒸留所が蘇ることは良いニュースなのだが、それを主導したのがインドの会社であったというのは、ある意味複雑な心境かもしれない。それもこれも急速なグローバル化と、新興国でのウイスキー需要増大の恩恵と言えなくもない。

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スコッチ業界に起きた新しい動き2006

アイラ島のニューフェイス

ここ数年スコッチ業界を吹き荒れていた企業買収・再編劇は、さすがに2006年に限っていえば、一段落した観がある。昨年暮れのレポートでお伝えしたペルノ・リカール社によるアライド・グループ買収以降、目立った動きは出ていない。ペルノのアライド買収によって、行き先が決まっていなかったスペイサイドのグレングラント蒸留所は、最終的にイタリアのカンパリ社が1億1,500万ユーロ(約160億円)で、買収に成功した。カンパリ社は併せてブレンデッドの「オールド・スマグラー」「ブレイマー」も、約20億円でペルノから買収している。
グレングラントはスペイサイドのローゼスに1840年に創業した老舗中の老舗で、シングルモルトとしては現在、グレンフィディック、ザ・グレンリベットについで第3位の売上げを誇っている(年間約35万ケース)。もともとイタリアでの人気が高く、「イタリアでシングルモルトといえばグレングラント」といわれるほど、圧倒的な売上げを誇っていた。そういう意味では、落ち着くところに落ち着いたといえるかもしれない。当初買収に興味を示していたウィリアム・グラント&サンズ社とは、金銭的な面での折り合いがつかなかったのだろう。
数年前に業界に旋風を巻き起こした中小ブレンダーや独立瓶詰業者による蒸留所買収も、2006年は影をひそめている。というより、この数年進められてきた蒸留所の統廃合、再編がようやくここへきて一段落したということなのだろう。それにかわってマイクロ・ディスティラリーの動きが明らかになりつつあるので、今回のレポートはそのあたりのことを詳しく述べていくことにする。マイクロ・ディスティラリーというのはビールのマイクロ・ブリュワリーに倣った造語で、このところ新語として定着しつつある言葉だ。

アイラ島のニューフェイス

アイラ島で8番目となるキルホーマン蒸留所が、正式にオープンしたのは2005年6月3日のこと。しかし、実際の蒸留開始はその年の12月で、2005年に生産できたのはわずか6樽だけだった。キルホーマンはアイラ島北西部、リン半島の大西洋に面したロックサイド・ファームにあり、農場の古い建物を改装して建てられている。現存するアイラの蒸留所で、操業が一番新しいのがブルイックラディの1881年だから、実に124年ぶりにアイラにニューフェイスが誕生したことになる。
このキルホーマンはいわゆるマイクロ・ディスティラリーで、生産規模はスコットランド最小のエドラダワーと同等か、それ以下でしかない。操業開始直後の2006年2月にキルンが火災に遭い、予定していた自家製麦(フロアモルティング)は現在ストップしているが、2006年の生産目標は約4万リットル(100パーセントアルコール換算)という。実際2006年10月に取材で訪れたが、規模は思っていた以上に小さく、一度の仕込みで使用する麦芽の量(ワンバッチ)は1トン。ウォッシュバックも容量約8,000リットルのものが2基、ポットスチルも初留・再留1基ずつ。しかも週4回の仕込みしか行っていない。
蒸留所のプランニング、ポットスチルのデザインをしたのはジム・スワン博士で、作ったのはスペイサイドにあるフォーサイス社。スワン博士と、かつてスプリングバンク蒸留所のマネージャーも務めたジョン・マクドゥーガル氏がコンサルタントとして関与している。すでに熟成庫には100を超える樽が貯蔵されていたが、製品として世に出るのは2011年以降、少なくとも数年は待たなければならない。
そのかわりというのも変だが、蒸留所には巨大な売店と、コーヒーや紅茶、ソフトドリンク、ビールなども飲めるカフェが併設されている。もともと農家の建物を改造しただけあって、敷地はゆったりとしていて、かつての家畜小屋やステーブル(馬小屋)、納屋などがきれいに改装され、地元の食材やクラフトを扱う店などもテナントとして入っている。キルホーマンだけでなく、地元の特産品も売って、積極的に観光客の誘致に取り組もうという発想がそこには見てとれる。大手資本に属さないマイクロ・ディスティラリーの、これもひとつの形態なのだろう。ウイスキーは、造ってすぐには売れないのだから。

個人経営の蒸留所

 ファイフ地方のクーパー近郊に操業したダフトミルも、2005年暮れに初めての蒸留を行った。ファイフはエジンバラの北に位置する地域で、分類上はローランド・モルトになる。エジンバラにも近く、北海に向かって突き出た半島部分の先端には、「ゴルフの聖地」といわれるセント・アンドリュースがある。エジンバラ南方のロージアン地方と並ぶ大麦の主産地で、ヘイグ家やスタイン家の蒸留所がかつて存在した由緒ある土地でもある。今でこそモルトウイスキーを造る蒸留所はなくなってしまったが、ディアジオ社が誇るグレーンウイスキー蒸留所、キャメロンブリッジは、ここファイフに拠点を置いている。そればかりかディアジオ社の巨大な集中熟成庫も、ヘッドクォーターもファイフにある。
 ダフトミルはカスバート家が所有する農場の名前で、カスバート家はもともと17世紀頃に大陸から渡ってきた粉挽き職人の家系だという。農業を始めたのは3代前からで、現在は900エーカー(約110万坪)の土地を所有する“ミックス・ファーム”である。大麦などの穀物と、ジャガイモなどの野菜類、それに牛や羊を飼っている。そのカスバート家が蒸留所を建てようと思ったのは、もともと一家の兄弟がウイスキー好きで、ある日兄弟で酒を飲んでいるうちに、「ウチの畑で穫れた大麦でウイスキーを造ったら面白いのではないか」と、盛り上がったからだ。農場が、かつてヘイグ家が所有していた土地だったということも、不思議な縁を感じたという。
 建物は古い納屋を改装したもので、ポットスチルなどのデザインも兄弟で考えた。実際にマッシュタンやウォッシュバック、ポットスチルを製作したのは、やはりスペイサイドのフォーサイス社である。ローランドのブラッドノック蒸留所で当時開かれていた「ウイスキースクール」に弟が通い、そこで実際の造りを教わった。蒸留開始はこちらも2005年12月で、この時は一週間のみの操業。2006年は2月・3月と操業し、その後再び10月から操業を再開している。あくまでも本業は農家で、農作業が暇になる10月から翌3月までの農閑期だけの蒸留である。農家が副業として、冬の間だけウイスキーを蒸留していた17〜18世紀頃とまったく同じで、そういう意味ではかつての形態を現代に復活させた、稀有な蒸留所ということができるだろう。
 仕込みはここも1トンサイズで、キルホーマンとほとんど規模は同じである。大麦は自所で収穫したオプティック種。近隣の製麦業者から麦芽に加工してもらい、敷地内の井戸からくみ上げた仕込水を使って糖化を行う。この水は珍しく硬水だという。キルホーマンや他のマイクロ・ディスティラリーと大きく異なるのは、樽を販売する予定もなく、また蒸留所を一切公開していないことだ。そうしなくても蒸留を続けられるだけの資金はあり、「ウイスキー造りはあくまでも兄弟の趣味だ」と、豪語する。こんな蒸留所は、おそらくどこを探しても存在しないだろう。

会員制のディスティラリー

 稀有な存在といえば、同じファイフに現在建設が進められているレディバンクも、非常に珍しいマイクロ・ディスティラリーである。正式な名称は「Ladybank Company of Distillers Club」。つまりゴルフの会員権と同じように、まずメンバーを募り、その会員権を売って得た資金で蒸留所の建設、運営を賄おうというもの。計画は数年前にスタートしていて、創業者のジェームズ・トムソン氏によれば、「現在会員数は400名弱、最終的には1,250 名の会員を募集」するという。すでに2006年9月から建設がスタートしていて、実際の蒸留開始は2007年秋になる見通しである。
 ここもレディバンクという古い農家の建物を買い取って、それを蒸留所に改装するというもの。実はダフトミルとは直線距離にして2キロも離れていなく、周りにはファイフ地方ののどかな田園風景が広がっている。エジンバラとセント・アンドリュースを結ぶ鉄道が走っていて交通の便が良いことも、この地を選んだ理由である。「メンバーは世界の30の国と地域に分散していて、何よりもエジンバラ空港から近いことが条件でした。それとメンバーにはウイスキー造りと同時に、ゴルフも楽しんでもらいたいから」と、トムソン氏は説明する。
 会員権は一口約3,200ポンド(75万円)で、会員になると向こう50年間(!)、毎年6本ずつのウイスキーが届けられる。もちろん会員以外はレディバンクのボトルを手に入れることはできず、蒸留所の見学も許されていない。会員はウイスキーの造りそのものについても意見が言えるし、実際に造りの作業に参加することもできる。まさにゴルフの会員権と同じで、会員制のクラブとして蒸留所を運営していこうというのである。
 年間の生産量は、予定では約3万5,000リットル。ノンピート麦芽とピート麦芽、さらにスコットランド産のヒッコリーやナナカマド、ハンノキのチップを使って燻蒸した麦芽を使用する計画もあるという。まさにプライベート・クラブ、プライベート・ディスティラリーの誕生であり、スコッチの500年以上にわたる歴史の中では、初の蒸留所である。

日本、さらに台湾にも

さて、マイクロ・ディスティラリーの締めくくりとして、以下ブラックウッド、プラバン・ナ・リンネについても、ごく簡単に触れておくことにする。
 ここ数年、キルホーマンやレディバンク、ダフトミルなどが、スコッチ業界を賑わしてきたが、その中で最も早く操業すると思われていたのが、シェットランド諸島のメインランド島に建設が進められていた、ブラックウッド蒸留所である。すでに会社そのものを創業し(2002年)、ジンやウォッカ、リキュールなどが販売されていた。蒸留所建設予定地も決まっていて、そこには誇らしげに「ブラックウッド蒸留所建設予定地」という、看板が立てられていたほど。しかし、最終的な環境アセスメントの同意が得られず、ここ2年くらいは暗礁に乗り上げた形となっていた。それがついに、ここへきて予定地を変更することで、最終合意が得られた模様である。
 メインランド島から、新しく建設予定地として選ばれたのは、シェットランド諸島最北端にあるアンスト島。その島の北端にあるRAF(イギリス空軍)の基地跡である。原料や製品の輸送コストは嵩みそうだが、建築許可はおりている。すでに熟成庫は確保していて、そこにはスペイサイドの蒸留所から買い集めた8年物の樽が数10樽貯蔵されている。それをヴァッティングした特別ボトルが、2007年には売り出されるという。名前は「マッケル・フラッガMuckle Flugga」といい、これはアンスト島北端の灯台が建てられている岩礁の名前である。2006年11月にニューヨークで開かれたチャリティー・オークションでは、この「マッケル・フラッガ」1本が650ドル(約7万円)の値段がついているほどである。ようやく、ブラックウッドも本格的にスタートラインに立ったということかもしれない。
 スカイ島で建設が進められているプラバン・ナ・リンネについては、この原稿を書いている2006年12月現在では、操業を開始したというニュースはまだ聞こえてこない。すでに蒸留設備も搬入されているので、蒸留開始は近いのかもしれない。そうなれば、タリスカーについでスカイ島で2つめとなる蒸留所の誕生である。全世界のモルトファンの注目が、今スカイ島に集まっているのだ。
 2004年のレポートで、ザ・グレンリベット蒸留所の統括責任者、ジム・クライル氏の言葉を引用しながら、「スコッチ業界は今後ますます二極化してゆくだろう」と述べたが、マイクロ・ディスティラリーの最近の動向を見ると、その観を一層強くする。マイクロ・ディスティラリー・ブーム(といっていいと思うのだが)はスコットランドばかりでなく、イングランド、ウェールズ、そしてヨーロッパ大陸、ベルギーやスイス、スウェーデンといった国にも飛び火している。
 19世紀の終わり、1880年代から90年代にかけて多くの蒸留所がスコットランドに建設されたが、現在は規模こそ違え、それ以来の蒸留所建設ブームなのかもしれない。19世紀のそれは、ブレンデッド・ウイスキーの原酒確保のためだったが、現在のそれは世界的なシングルモルト・ブームによってである。ブレンダー(大手企業)に属さない独立資本の、小さな蒸留所が相ついで計画されているのも、シングルモルト・ブームと無縁ではない。
 これはなにも欧米だけに限ったことではなく、日本では「イチローズ・モルト」の新蒸留所建設があり(2006年暮れに埼玉県秩父で建設がスタート)、そして台湾でも初となるモルトウイスキー蒸留所がすでに建設され、創業を開始している。スコッチウイスキー協会(SWA)が発表している数字では、すでに台湾は日本を抜いて、スコッチの輸入量アジア第2位の地位に躍り出ている。台湾のそれは、まだ写真でしか見ていないが、スコットランド風のパゴダ屋根を持った本格的な蒸留所で、ポットスチルも初留・再留合わせて4基が稼働する。マッシュタンやウォッシュバックを含め、それらを製作したのは、やはりスペイサイドのフォーサイス社である。シングルモルト・ブームは深く静かに、しかし世界の隅々まで浸透しつつあるのかもしれない。

さらなるユニークな試み

 さて、ここまではマイクロ・ディスティラリーを中心に述べてきたが、最後に新しい製品の傾向などについても述べておこう。アイラモルト・ブームが起きていると以前にも紹介したが(ピーティ、スモーキーフレーバー好きの“ピートフリーク”なる言葉も誕生しているほど)、こんどはそのアイラで、対極ともいえる2種類のボトルが販売されて話題になっている。
 ひとつはカリラの「アンピーテッド8年物」。つまりスモーキーでピーティな通常のカリラと異なり、まったく麦芽にピートを焚いていないノンピートのカリラのボトリングである。以前からノンピートのカリラを定期的に仕込んでいるという話は聞いていたが、実際にボトリングされたのは今回が初めてである。ブナハーブンや、お隣のジュラが相ついでピート麦芽の仕込みを行い、それをボトリングしているのとは逆で、これもアイラ・ブームのひとつの形ということができるだろう。カリラ・ファンならずとも、ノンピートのカリラは大いに興味を引かれるところである。
 もうひとつは同じアイラのブルイックラディ蒸留所である。ここは元ボウモアのブランド・アンバサダー、ジム・マッキューワン氏がプロダクション・マネージャーを務める蒸留所で、数々のユニークな試みを次から次へと実行に移し、世界中のモルトファンの注目を集めている。麦芽の仕込みを変えて、ポート・シャーロット、オクトモア、ブルイックラディの3種類を蒸留しているが、ついにそのうちのひとつポート・シャーロットが2006年11月に、限定販売された。通常のブルイックラディが麦芽のフェノール値3〜5ppmであるのに対し、ポート・シャーロットは40ppm。オクトモアにいたっては当初の仕込みは80ppmだったが、現在はそれを倍の160ppmにしている。オクトモアはまだボトリングされていないが、ついにポート・シャーロットが市場に登場したことになる。アイラモルト・ブームに新たな一石を投じることは、間違いないであろう。
 ブルイックラディではさらに4回蒸留という試みも行っている。スコッチは通常2回蒸留で、ローランドのオーヘントッシャンだけが現在3回蒸留を行っているが、その上を行く4回蒸留である。これも2006年秋に蒸留所を訪れた際に試飲させてもらったが、アルコール度数はニューポットの段階で約90パーセント。強烈なフレーバーを持ったウイスキーである。さらにスコットランドの在来種で、古代大麦といわれるベア大麦を使った仕込みを行うなど、ユニークさではどこの蒸留所にも引けをとらない。大手資本に属さない、独立系の会社だからこそできる意欲的な試みである。
 2007年はマイクロ・ディスティラリーや、こうした独立系の蒸留所から、ますます目が離せなくなりそうだ。

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スコッチ業界に起きた新しい動き2005

業界を揺るがす大ニュース

 昨年のレポート(『2004年 スコッチ業界に起きた新しい動き』)で、モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン・グループ(LVMH)によるグレンモーレンジ社買収の衝撃についてご報告した。その時に、このような業界を揺るがす大買収劇は当分の間起らないのでは、という観測コメントを載せたが、それはあまりにも楽観的(?)すぎるコメントだったかもしれない。というのは、グレンモーレンジ社買収の興奮さめやらぬ2005年春に、スコッチ業界第2位のアライド・ドメック社売却のニュースが飛び込んできたからである。
 買収に動いたのはフランスのペルノ・リカール社で、同社はアライド社に次ぐ、業界第3位の企業グループであった。ここで買収の経緯とその後の推移について述べる前に、2004年時点における両社のポートフォリオを、簡単にみておくことにする。
 アライド社傘下のモルトウイスキー蒸留所は全部で10ヵ所あった。スペイサイドにグレンバーギ、ミルトンダフ、トーモア、インペリアル、グレントファースの5ヵ所。東ハイランドにアードモアとグレンドロナックの2ヵ所。そしてアイラ島のラフロイグとアイランズ(諸島)のスキャパ、ローランドのインヴァリーブンである。そのうちのインペリアルとグレントファース、トーモア、スキャパはモスボール中(操業停止中)であり、ダンバートンのグレーンウイスキー工場内にあったインヴァリーブンは、すでに閉鎖されていた(設備はまだ残っている)。したがって2004年時点で操業していたのは、半分の5蒸留所ということになる。
 さらにブレンデッドとしては「バランタイン」や「ティーチャーズ」などがあり、これはどちらも100万ケース単位の売り上げを誇る超人気銘柄であった。それが何故……という疑問は湧くが、その考察は後にして、次にペルノ・リカール社のポートフォリオについても、同様に見ておくことにする。
 2004年時点で同社が所有していたモルトウイスキー蒸留所は全部で9ヵ所。アライドと違って、すべてスペイサイドの蒸留所で、アベラワー、ザ・グレンリベット、グレングラント、ストラスアイラ、ロングモーン、グレンアラヒー、グレンキース、アルタベーン、ブレイヴァルであった。そのうちのアベラワーとグレンアラヒーを除く7つの蒸留所は、もともとシーバス・ブラザーズ社傘下の蒸留所で、2001年に同社をペルノ・リカール社が買収した際に手に入れたものである。
9ヵ所の蒸留所の中で、グレンキースとアルタベーン、ブレイヴァルは当時モスボール中で、しかもグレンキースとブレイヴァルは売りに出ていた。したがって操業中の蒸留所は6ヵ所ということになるが、数だけ見れば、すでにアライドのそれを上回っていたことになる。ブレンデッドの銘柄としては、もちろん「シーバス・リーガル」があり、全世界で販売規模拡大を狙ったマーケティングが、大々的に展開されていた。

万年2位という地位に飽きた!?

 業界第3位の企業による、業界第2位企業の買収……。かつてペルノがシーバス・ブラザーズを買収した例はあったが、下の者が上の者を喰うというのは、そうそう多くあることではない。今回の買収も当初、難航するかに見えていたが(誰もがそんなことが可能とは思っていなかった)、アライド・ドメック社の売却の意思は思っていたよりも固く、またペルノ・リカール社の粘りづよい説得交渉により、夏ごろには最終合意に達する見通しができてきた。ペルノと提携をして資金協力をしたのは、アメリカのフォーチュン・ブランズ社(ジム・ビーム・グループ)で、このことも買収成功に大きく影響していた。ペルノ単独では、資金的にも無理があったからである。
 それにしても、何故、アライド社の売却の意思はそうまでも固かったのだろうか。業界第2位の地位にあり、「バランタイン」や「ティーチャーズ」という人気銘柄をかかえ、さらに現在のシングルモルト・ブームを牽引しているアイラ島の超人気銘柄、ラフロイグを所有していながら、何故、スコッチ業界からの撤退を決めてしまったのだろうか。現在までのところ、その問いに応える明確なコメントは出てないように思えるが、全世界のシングルモルト・ファンにとって今回の買収劇は、測りしれない衝撃だったことだけは事実である。
 ウィスキー評論家のデイブ・ブルーム氏は『Whisky Magazine』の連載コラムの中で(第50号)、アライドの売却に触れて、「彼らは単に、業界第2位という地位に飽きてしまったのだろう」と、皮肉たっぷりのコメントを寄せているが、あるいは、それが本音のところなのかもしれない。
 業界第1位のディアジオ社は27の蒸留所を所有し、「ジョニーウォーカー」や「J&B」「ベル」という超人気ブランドをかかえ、さらにシングルモルトでも“クラシック・モルト”や“ヒドゥン・モルト”“レア・モルト”などが人気で、今日のシングルモルト・ブームに早くから対応してきている。
 それに比べてアライド社は、ここ数年、財政危機が続いていたとはいえ、「バランタイン」や「ティーチャーズ」に加え、スキャパ、グレンドロナック、ラフロイグという個性的なシングルモルトも持っていながら、積極的なマーケティング戦略は取ってこなかったように思える。もちろん、取れなかったという事情もあるかと思うが、その財政危機も昨年くらいからようやく脱し、誰もがこれからと思っていた矢先の売却話だっただけに、余計に何故、という疑問がどうしても湧いてしまうのだ。
どうやってもディアジオには勝てないし、第3位のペルノは猛追してきている……。うがった見方かもしれないが、「今が売りどき」と、アライドの役員会が判断したとしか思えないのである。
 それはともかく、ペルノ・リカール社とフォーチュン・ブランズ社によるアライド・ドメック買収は、夏すぎに最終合意に達し、ここにスコッチ業界におけるアライド社の役割と歴史に、幕が下ろされてしまった。ただ一般消費者や業界の人間にとっては、買収劇の経緯そのものよりも、それによって蒸留所の閉鎖や、さらなる売却があるのかないのか、ポートフォリオがどう変わるかといったことのほうが興味があるかと思われるので、次に、現時点までに分かっている推移や変更点について、述べておくことにする。

JBBの再進出

 アライドのポートフォリオの中で、もっともポテンシャルが高いと思われていたのがラフロイグで、これはフォーチュン・ブランズ社に早々に移行が決定した。というより、ラフロイグを所有することが、同社がペルノと提携することの条件だったようで、役員会のテーブルについたのも、ラフロイグあったればこそである。と同時に、東ハイランドのケネスモントに所在するアードモア蒸留所も、フォーチュン社に移行することがすでに決定している。アードモアは「ティーチャーズ」の重要な原酒工場なので、同時に「ティーチャーズ」もフォーチュンに移行するのかもしれない。
 不思議なのは、もともとJBBグループ(現フォーチュン)はスコッチ業界で、ホワイト・マッカイ・グループを所有していたという事実である。2001年に多額の赤字を承知で(買い値よりもはるかに安い金額だった)同グループを手放し、一度スコッチ業界からの撤退を決めていたのに、何故、今回再びもどってきたかということだ。ダルモアやフェッターケアン、アイル・オブ・ジュラ、ブルイックラディ(これもアイラだが)よりも、ラフロイグが欲しかったということなのだろうか。アメリカの企業の手に移ったラフロイグが今後どうなるのか、世界中のラフロイグ・ファンの熱い視線が今、フォーチュンに注がれている。
 ラフロイグとアードモアを除く8つの蒸留所を手に入れ、合計16の蒸留所を所有することになったペルノは、すでにいくつかの決定、変更を行っている。まずインペリアルの閉鎖を正式に決定し、さらにグレングラントの売却を発表している。グレングラントはスペイサイドのローゼスに所在する老舗蒸留所で、シングルモルトとしては、グレンフィディックに次ぐ、世界第2位の売り上げを誇るビッグネームである。
すでにグレンフィディックを所有するウィリアム・グラント&サンズ社などが買収に名乗りをあげているが、この原稿を書いている12月上旬では、まだ行く先は決定していない。もしグラント社が買収に成功すれば、シングルモルトの1位と2位を単独所有することになり、それはそれで注目を集めるだろう。
 さらにこれはスコッチではないが、ペルノがアイルランドに所有するアイリッシュウイスキーのブッシュミルズは、すでにディアジオ社への売却が決定している。グレングラントのケースと同じだが、大型買収に伴う公正取引条例によって、いくつかの蒸留所を手放さざるを得なくなったからだ。
 ただ、2〜3年前に閉鎖・売却が決まっていたスペイサイドのアルタベーンだけが、今年になって操業再開となっていて、必ずしも売却・閉鎖という方向性だけではないようなのである。アライド社のもとで、ある程度の設備投資が行われ、再開に向けて動きだしていたグレンドロナックやスキャパ、トーモアについては、今後予断を許さない。
 特にオークニー諸島のメインランド島にあるスキャパ蒸留所は、今年の春に再オープンの予定であったが、この間の買収劇でスケジュールが遅れ、さらに本当に再操業できるのかとうか、先行き不透明になっている。「ティーチャーズ」の原酒工場であるグレンドロナックのケースも同様だろう。グレングラントをどこが買収するのかということも含めて、世界中のモルト愛好家の注目を集めているのだ。

マイクロ・ディスティラリーの現状

 ここまでペルノ・リカール社のアライド・ドメック買収の話を中心に述べてきたが、スコッチ業界の話題は必ずしもそれだけではない。ただ、あまりにこの買収劇の衝撃が大きすぎて、他のニュースはあまり印象に残らなかったというのも事実である。さすがに、ボトラーズや中小ブレンダーによる蒸留所買収劇はひとつもなく、なんとなく、ここへきて動きが一段落しているという観は否めない。
 そんな中で、2つの新しいマイクロ・ディスティラリーの、生産に向けた取り組みをご紹介しよう。ひとつはアイラ島のキルホーマン蒸留所で、これは以前から話題になっていたが、ついに今年6月上旬、アイラ・フェスティバルの期間中に、正式オープンとなった。ただし、生産を開始したのは10月になってからのこと。すでに樽のオファーも始まっていて、順調にいけば2008年の暮れごろには、熟成3年を経たキルホーマンのシングルモルトが、お目見えしているかもしれない。
 もうひとつがファイフ地方のクーパー近郊で創業したダフトミル蒸留所である。これは当初、モルト通の間でもほとんどノーマークで、知る者もまったくと言っていいほど、いなかった。マイクロ・ディスティラリーといえば、シェットランドのブラックウッドや、同じファイフのレディーバンクのほうが早くから知られていたが、両者はまだ蒸留設備の搬入も済んでいない状態である。
 レディーバンクはつい最近、第2次出資者募集の案内が行なわれたばかりだが、シェットランドのブラックウッドは最終的な環境アセスメントの問題で、未だ建設のゴーサインも出ていない。それに比べて前記のダフトミルは、ごく普通の農家(カスバート家)が蒸留に乗りだすもので、すでに建物内(農家の建物を改造)にはマッシュタンや発酵槽、新品のポットスチル2基も運びこまれている。蒸留開始に向けて着々と準備が行われていて、操業も時間の問題かと思われる。来年早々くらいには、めでたく蒸留スタートとなっているかもしれないのだ。
そうすれば、ローランドモルト(ファイフ地方はエジンバラの北だが、区分的にはローランドに分類)に、ニューフェースが登場することになり、明るい話題を業界に提供することになるだろう。キルホーマンともども、期待して待ちたいと思っている。

 なお、最後になったが、参考までに現時点におけるモルトウイスキー蒸留所の所有者リストを表にしてあるので、それも合わせて見ておいてほしい。
これを見ると現時点で存在しているモルトウイスキーの蒸留所は95(インペリアルは閉鎖が決定)となり、そのうちモスボール中が、分かっているだけで4ヵ所ということになる。つまり2005年暮れ時点で生産を行っている蒸留所は約90ということになる。このところのシングルモルト・ブームを反映してか、再操業する蒸留所が増えており、モスボールの蒸留所が減っているというのが現状である。2006年ははたしてどんな話題が持ち上がっているのか、今から楽しみである。

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スコッチ業界に起きた新しい動き2004

グレンモーレンジ社売却の衝撃

昨年秋スペイサイドのザ・グレンリベット蒸留所を訪れた際に、統括責任者であるジム・クライル氏と話していて、最近のスコッチの傾向として「二極化」ということが話題になった。国際的な大手酒類メーカーによる蒸留所とブランドの統廃合が進む一方で、独立系企業による蒸留所買収、古い蒸留所の復活、そして差別化を図ったユニークな製品が次々と市場に投入されているというのである。ここではそうした「二極化」という流れを踏まえつつ、2004年に起こったスコッチ業界の新しい動きを概観しておきたいと思う。

グレンモーレンジ社売却の衝撃

 2004年の業界のビッグニュースといえば、なんといってもモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン・グループ(LVMH)によるグレンモーレンジ社の買収をあげなければならない。それ以前の2000年のミレニアムから2003年にかけて起こった蒸留所の統廃合、買収劇には目を瞠るものがあった。ペルノ・リカール社によるシーバス・ブラザーズ社の買収、独立瓶詰業者のシグナトリー社によるエドラダワーの買収、マーレイ・マクダビッド社のブルイックラディ、イアン・マクロード社のグレンゴイン、バーン・スチュワート社のブナハーブン、アンガス・ダンディ社のグレンカダムなど、その都度業界を揺るがす大ニュースとなった。さすがに2003年秋以降は目立った動きはなく、2004年春にスペイサイドのベンリアック蒸留所が、南アフリカの会社によって買収されたというニュースくらいであった(後述)。ベンリアックはロングモーンの姉妹蒸留所で、エドラダワーや、ブルイックラディ、ブナハーブンに比べればマイナーな存在である。蒸留所買収劇も一段落したのかと思っていた矢先の2004年8月下旬、グレンモーレンジ社の株式が売りに出されるという衝撃的なニュースが飛び込んできた。
 グレンモーレンジ社はグレンモーレンジとグレンマレイ、アードベッグの3つの蒸留所と「ハイランド・クイーン」、「BNJ」などのブレンデッドスコッチを所有する超優良企業で、特にグレンモーレンジとアードベッグの躍進ぶりは、ここ数年世界的にも注目を集めていた。つい最近の報告を見ても、前年比10%以上の売上げを達成する見込みだという景気の良い数字が並んでいる。そのグレンモーレンジ社の半数以上の株式を所有するマクドナルド家が、一切のビジネスから手を引くというのだから、業界のみならず世界中の愛好家の間に衝撃が走ったのも当然といえば当然である。
 幹事行であるロンドンのロスチャイルド銀行が試算した売却総額は約3億ポンド(約600億円)。当初関心を示していたウィリアム・グラント&サンズ社とエドリントン・グループが脱落し、最後まで残っていたのが、バカルディとペルノ・リカール、ブラウン・フォーマン、そして前記のモエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン・グループの4社であった。バカルディは「デュワーズ」を所有する会社で、ペルノ・リカールは前述のようにシーバス・ブラザーズ社を所有している。ブラウン・フォーマンは「ジャック・ダニエル」を所有する米企業で、もともとグレンモーレンジ社の10%の株式を所有し、北米での販売権を持っていただけに最有力視されていたが、最終的に買収に成功したのは(2004年10月)、件のモエ・へネシー・・・LVMH社であった。同社は周知の通りコニャックやシャンパンの銘柄を多く所有するフランス系の会社だが、スコッチの蒸留所は今回が初めてとなる。売却にあたっては現状維持、特に従業員のリストラが行われないことが最優先という、マクドナルド家の意向が働いたものと見られている。競合する蒸留所、ボトリング工場を持っていなかったことが幸いしたのだろう。新オーナーのもとで今後どのような運営がなされるのか、現時点では一切聞こえてこないが、当分業界の視線が集まるのは必至である。

グレンガイル蒸留所の復活

 グレンモーレンジ社の買収劇ほど大きくはないが、2004年に起こった出来ごととして、先にちょっと触れたベンリアックと、グレンガイル蒸留所の復活についても述べておく。
 ベンリアック蒸留所はスペイサイドのエルギン地区に1898年に創業した蒸留所で、長年ロングモーンの姉妹蒸留所としてシーバス・ブラザーズ社が運営してきた。2001年に同社がペルノ・リカール社に買収されたことにより売却が決定され、2004年5月に3人の投資家によって買収された。その3人とはバーン・スチュワート社でマネージング・ダイレクターを務めたビリー・ウォーカー氏と南アフリカのイントラ・トレーディング社のジェフ・ベル、ウエイン・キースウェッターの3氏である。イントラ社はスコッチやタバコの輸入、漁業を手がける南アの会社で、買収金額は約11億円。これには1966年から2002年までのベンリアックの全ストック(樽)も含まれていた。買収直後から新しい製品のボトリングや、蒸留所の再開、ニューポットを南アに運んでケープタウンで熟成させるユニークな企画(the Cape of Storm Experience、喜望峰の嵐)などが相ついで発表されたが、実際2004年暮れに新製品が販売された。中でも目を惹いたのが「Curiositas Peated」(好奇心をそそられるほどピーティな、クリオシタスはラテン語で好奇心の意)と名付けられた1994年蒸留の10年物で、ベンリアックとしては非常に珍しいスモーキーでピーティな製品である。これは独立系の会社だからこそボトリングできた製品で、消費者の細かいニーズに対応するユニークな商品づくりこそが、大手に対抗する唯一の手段だからだ。
 もうひとつのグレンガイルはキャンベルタウンに1872年に創業した蒸留所で、創業者はスプリングバンクの共同経営者だったウィリアム・ミッチェル。蒸留所は1925年まで生産が行われていたが、その後閉鎖されてしまった。19世紀後半から20世紀初頭にかけてはキャンベルタウンの全盛時代だったが、アメリカの禁酒法と長びく不況で衰退し、30近くを数えた蒸留所で、第二次大戦後まで生き延びることができたのは、スプリングバンクとグレンスコシアの2つしかなかった。グレンガイルも建物こそ残ったが蒸留設備は取り外され、その後ライフル射撃場や農機具の倉庫、自動車修理工場として長年利用されてきた。そのグレンガイルの再建を決意したのが、スプリングバンクの現オーナー、ヘドリー・ライト氏であった。ライト氏は創業者ウィリアム・ミッチェルの3代目の甥に当たるが、2000年11月に建物を買いもどし、再建計画がスタートした。
 そのグレンガイルの仕込みが始まったのが、2004年3月。麦芽粉砕機やポットスチルは中古品(ポットスチルはベンウィヴィス、粉砕機はクレイゲラキ)だが、それ以外の8割の設備は今回新しく誂えたものだという。記念すべき第1回目の仕込みはオロロソシェリー、フィノシェリー、マデイラ、ポート、ラム、バーボンの6種類の、それぞれ異なった樽に詰められた。それもすべて特注の500リットルのバット樽という。10年後の2014年にボトリング予定だが、すでに1本175ポンド(約35,000円)という価格設定までなされている。これも大手企業に対抗する独立系企業の、したたかな生き残り戦略ということができるだろう。スプリングバンクはこれで2つの蒸留所と、スプリングバンク、ロングロウ、ヘーゼルバーン、グレンガイルの4つの銘柄を持つことになった。

蒸留所の多ブランド化

 さてここまでは蒸留所の統廃合とそれに伴う買収劇、蒸留所の復活について述べてきたが、2004年は製品の上でも、いくつかの顕著な動きが見られた。ここ数年はボトラーズの台頭により、多くの“ボトラーズ物”が市場に出回ったが、2004年はそうしたボトラーズの動きが一段落し、“オフィシャル物”のユニークな製品が次々と市場に投入された年といえるかもしれない。ボトラーズ物の台頭に対する、いわば「オフィシャル物の逆襲」である。それも、いくつかの際立った特徴が見られた年でもあった。ひとことで言えば蒸留所の「多ブランド化」であり、それもいままでその蒸留所のハウス・スタイルと思われていたものとは明らかに異なる、異色な製品のリリースであった。
 その筆頭が2004年秋に発売されたマッカランの「ファイン・オーク・シリーズ」である。これはシェリー樽熟成の原酒とバーボン樽熟成の原酒をヴァッティングしたもので、業界のみならず世界中のマッカラン・ファンを驚かせた。というのもマッカランといえばシェリー樽、シェリー樽といえばマッカランといわれるくらい、シェリー樽に強いこだわりをもっていたのが、ほかならぬマッカラン蒸留所だったからである。それもスパニッシュ・オークのオロロソシェリー樽100%にこだわり、良質のシェリー樽を確保するため、自らスペインに行ってオークの原木の見立てからやっていたほどなのだ。そのマッカランがバーボン樽熟成の原酒も加える・・・・・・。「ファイン・オーク・シリーズ」の発売と同時にマッカランはボトルデザイン、ラベルも一新させた。「都会的なセンスあふれるスタイリッシュなマッカラン」がコンセプトで、「マッカラン180年の歴史で最大の改革」というように、それは画期的な出来ごとであった。しかも従来のシェリー樽100%とほぼ同じ12年、15年、18年、21年、25年、30年のラインナップが揃っているから(日本では15年、21年は未発売)、シェリー樽とそうでないものとで風味がどのように違うのか、飲み比べる愉しみが増したことになる。インパクトの大きさということでいえば、冒頭で述べたグレンモーレンジ社の買収と並び、2004年の「2大ビッグ・ニュース」ということができるだろう。これも蒸留所による「多ブランド化」の顕著な例である。
 マッカランほど大きな話題にはならなかったが、2004年はアイラ・モルトとアイラ・モルトに匹敵するようなピーティでスモーキーなモルトに人気が集中した年でもあった。いやこれは一時的な人気というより、多くのモルト愛好家、ウイスキー・ファンが、より刺激的でスモーキー、ピーティなモルトに傾倒していくことの表れであるかもしれない。それを示すのがアイラ島を訪れる観光客の急増で、現在年間で約7万人とも10万人ともいわれる人々がアイラ島を訪れるという。この数字はここ3年で倍以上に増えているのだ。アイラ島の人口はわずか3400人。その20倍もの人々が訪れるのだから凄まじい。もちろん、すべての人が蒸留所を訪れているとは限らないが(といってアイラ島にはそれ以外は何もない)、ここ2〜3年の「アイラ・モルト・ブーム」はやはり特筆に価する。従来はピートを焚かない麦芽(ノンピート麦芽)で仕込んでいた蒸留所が、次から次へとピート麦芽で試験的な仕込みを始めている。前述のベンリアックもそうだが、そうした仕込みのストックがある蒸留所では、ここぞとばかりに新製品を出しはじめている。
 アイラ島の蒸留所の中で、従来はほとんどピートを焚かなかったブルイックラディやブナハーブンも例外ではない。ブルイックラディは2001年にマーレイ・マクダビット社が、ブナハーブンは2003年にバーン・スチュワート社が買収したが、ニューオーナーのもとで数々のユニークな試み、新製品のリリースが相ついでいる。ブナハーブンは2004年のアイラ・フェスティバルの際、初めてピーティなブナハーブン、「Moine」をボトリングした。これは1樽からの限定品であったが、今後この手のものがリリースされる可能性は大いにあるだろう。ブルイックラディは、アイラ島では初となるボトリング施設を2004年にオープンしたことで話題になったが、従来のブルイックラディでは考えられない麦芽のフェノール・コンテンツ40ppm、80ppmの2つのモルト、ポート・シャーロットとオクトモアの仕込みを2001年の再オープンの時から始めている。40ppmといえばラフロイグやラガヴーリンと同等クラス、80ppmはアードベッグのそれ(約55〜60ppm)をはるかに超える最強の麦芽である。そのポート・シャーロットの原酒とフェノール値5ppm、25ppmの従来のブルイックラディの原酒をヴァッティングした「3D」なる製品が、つい最近ニューリリースされた。スコッチの法定義でいえばこれは3年物ということになり、しかも3つの異なった原酒をヴァッティングしているということで、「3D」と名付けたのだという。
 他にもアイル・オブ・ジュラのヘビリー・ピーテッド(すでに3年物、5年物がリリースされている)や、ロッホ・ローモンド蒸留所の「クロフテンギア」、エドラダワー(これは仕込みを始めたばかり)など数えあげたらキリがない。まさにピート麦芽の全盛、人々がよりスモーキーでピーティなものを求めだした証なのかもしれない。大手酒類メーカーと独立系蒸留所とで、ますます二極化してゆくと冒頭に述べたが、風味の上でもノンピートのものとヘビリー・ピートのものと、好みが二極化しているのかもしれない。一方で蒸留所の多ブランド化はアイラにおいても顕著である。ブルイックラディに限らず、アードベッグも1997年にグレンモーレンジ社が買収して以来、次々と新製品をリリースしてきた(その多くは限定品である)。そしてこれも昨年の暮れだが、ピート麦芽に逆行するノンピートのアードベッグをリリースするというニュースが飛び込んできた。「キルダルトン」と名付けられたそのノンピートのアードベッグは、1980年にわずか1〜2週間ほど仕込まれたものだという。はたして、その味は・・・・・・。

マイクロ・ディスティラリーの躍進

 これまで業界の二極化、ひとつの蒸留所の多ブランド化、アイラ・モルト・ブームについて述べてきたが、最後にもうひとつ、新しい蒸留所の動向についても触れておきたい。ここ2〜3年、新しい蒸留所の建設が相ついで発表されている。
 すでにあちこちで紹介してきたが、アイラ島のキルホーマン蒸留所、シェットランド諸島のブラックウッド、ファイフ地方のレディバンク、ダフトミルなどがそれである。これらの蒸留所に共通することは、従来のカテゴリーに属さないほど小さな蒸留所で、しかもシングルモルト・オンリーという、最初から差別化を図った蒸留所であることだ。レディバンクなどはゴルフ場と同じように会員権を販売し、会員限定でモルトウイスキーを頒布するという、従来にはまったくなかった方針で蒸留所を運営するという。マイクロ・ブルュワリーならぬ、マイクロ・ディスティラリーの登場で、すでにこのマイクロ・ディスティラリーという用語は認知されつつあるのだ。そして2004年になって新しい3つの蒸留所が、これに加わった。アウター・ヘブリディーズ諸島のバラ島と、スカイ島のプラバン・ナ・リンネ社の蒸留所、そして北ハイランドのロス州の辺鄙な田舎町にあるドラムチョーク・ロッジがそれである。
ここでは詳述は省くがアウター・ヘブリディーズ諸島にはかつて蒸留所が存在したことがなく、バラ島にできれば、それはそれで話題になるだろう。バラ島はアイラ島よりはるかに有名な島で、映画『ウイスキー・ガロア』のロケ地となった場所でもある。これはコンプトン・マッケンジーの同名の小説を映画化したもので、2005年にはハリウッド版でリメイクされることがすでに決まっている。ウイスキー・ファンばかりでなく映画関係者からも注目されているのだ。ドラムチョーク・ロッジは小さなホテルで、ここのバーは500種類以上のモルトが揃っていることで、もともと有名であった。その小さなホテルがオリジナルの蒸留所を建て、オリジナルのウイスキー造りを目指すのだという。ポットスチルは現在最小といわれるエドラダワーの10分の1サイズ。従来400ガロン(約1,800リットル)のポットスチルが法律で定める最小サイズと考えられてきたが、これには特例措置が併記されていることを、ドラムチョーク・ロッジのオーナーが数年がかりで調べて「発見」したのだ。その特例措置とは地域経済の発展・振興につながることなら、特別にそれ以外の蒸留器のサイズも認めるというもの。これもスコッチ業界の2004年の話題としては、十分過ぎるほど興味深いニュースであった。
 誌面の都合でスコットランド以外のマイクロ・ディスティラリーについては触れることができなかったが、ウェールズや湖水地方、南西イングランドのコーンウォール地方にもユニークな蒸留所が次々に誕生、あるいは建設計画が持ち上がっている。この中ではウェールズの蒸留所、ペンダイヤンが最も早く、2000年9月に仕込みが開始され、2004年3月1日に初となるウェリッシュ・ウイスキーが発売された。ウェールズもまたケルトの国であり、ウイスキー造りはスコッチやアイリッシュと同じように古くから行われていたのである。ちなみに3月1日はウェールズの守護聖人セント・デイビッドの日で、その日に発売したことからも、ウェールズ人の意気込みをうかがい知ることができる。スコッチだけではなく、今後ますます、このてのマイクロ・ディスティラリーから目がは離せなくなりそうである。ウイスキー業界はまさに、二極化に向って進んでいるのかもしれない。

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